1433年に落ちた城の跡地で、シラーが実る — シャトーマルス 穂坂日之城シラー 2023

日本ワイン

このワインの畑には、1433年に落ちた城の名前がついている。

シャトーマルス 穂坂日之城シラー 2023。飲んだのは、山梨県笛吹市石和町のマルス山梨ワイナリーだ。

入口の前に樽が壁みたいに積んであって、一つ一つに「マルスワイン」と描いてある。ところが手元のラベルをよく見ると、こう書いてある——「本坊酒造株式会社 マルス穂坂ワイナリー 醸造」。

穂坂は、ここから甲府盆地をはさんだ反対側だ。ラベルの場所と、いま飲んでいる場所が違う。その理由をたどっていくと、城の話と、日本のウイスキーの話に行き当たった。

シャトーマルス 穂坂日之城シラー 2023 のボトルとグラス
シャトーマルス 穂坂日之城シラー 2023。ラベルの富士山は、日之城の畑から正面に見える景色そのもの

畑があるのは、標高500mの丘

このワインのぶどうが育つのは、山梨県韮崎市の穂坂にある「日之城農場」だ。茅ヶ岳という山の南西のふもとに広がる丘で、畑があるのは標高500mのあたり。東京タワーのてっぺんより、まだ高い場所になる。

坂は南東を向いている。12m歩くと1mぶん上がるくらいの、ゆるい傾き。おかげで朝から日がよく当たる。ここは日本でもトップクラスに日照時間が長い土地だ。土は赤い粘土質。

広さは2.2ヘクタール。サッカーコート3つぶんくらいの畑で、開かれたのは2000年。正面に、富士山が見える。

「日之城」は、農場がつけた名前ではない

この「日之城」という名前。かっこいいから農場がつけた、というわけじゃない。もともと、この土地そのものの名前なのだ。

ここには昔、本当に城があった。日ノ出城という。

今から600年ほど前、武田信長という武将がこの城に入っている。織田信長ではない。武田信玄より100年以上も前の人で、当時の武田家はすっかり弱っていた。信長は仲間の武士たちを集め、ここを「武田家をもう一度立て直すための拠点」にしようとしたと伝わっている。

けれど1433年の春、対立していた別の武士団と川原で戦って、負けた。

その150年後には、徳川家康がこの城を直して使ったともいわれる。西側は崖で守られていて、攻めるのが難しい地形だったらしい。今でも周りには「トリデ」「牛ヶ馬場」みたいな、城だった頃を引きずった地名が残っている。韮崎市が守る史跡だ。

武田がもう一度立ち上がろうとして、立ち上がれなかった丘。そこに今、ヨーロッパのぶどうが植わっている。シラーが実っている。

焼酎の会社が、なぜワインを造っているのか

このワイナリーを持っているのは本坊酒造。1872年に鹿児島で生まれた焼酎の会社だ。ワインの会社ではない。

「マルス」という名前も、洋酒ブランドを公募で決めたときに選ばれたもので、創業以来この会社の象徴だった「星」に由来する。

その焼酎屋が1960年、石和に洋酒の工場を建てた。ここではワインだけでなく、ウイスキーも蒸溜していた。設計したのは岩井喜一郎という人だ。

石和の蒸溜器は、余市によく似ている

岩井は1918年に、部下をひとりスコットランドへ送り出している。

その部下が竹鶴政孝だった。竹鶴は現地でウイスキー造りを学び、1920年に帰国して報告書を岩井に提出している。のちに「竹鶴ノート」と呼ばれるものだ。

竹鶴自身は1923年に山崎、独立して1936年に余市を建てる。日本のウイスキーの、教科書に載っているほどの話だ。

岩井は1945年に本坊酒造の顧問になり、1960年、40年前に受け取ったあのノートを下敷きに石和の蒸溜所を設計した。だから石和の蒸溜器は、余市のものによく似た形をしている。

山崎が1923年、余市が1936年、石和が1960年。竹鶴が持ち帰った一冊は、三か所で蒸溜器になった。

だが石和のウイスキーは続かなかった。1969年に蒸溜が止まり、1985年、蒸溜器は解体されて長野県宮田村へ運ばれる。今のマルス駒ヶ岳蒸溜所だ。岩井が設計したあの器は、山を越えて今も動いている。

ウイスキーが出ていったあと、石和はワインの家になった

地下の樽貯蔵庫は、ワインを育てるために使われるようになった。約30万本が10〜15度でゆっくり育つ環境だ。

そして2000年に日之城の畑を開き、2017年、畑から3kmのところにマルス穂坂ワイナリーを建てた。醸すほうが、ぶどうの隣に引っ越したわけだ。

ラベルの「穂坂」はワインが生まれた場所。私が飲んでいる石和は、瓶詰めされて育った人生の後半だった。

グラスの中身

そのシラー2023。この年の生産は635本。アルコール13%。濃いガーネット。

シラー特有のスパイシーさは日本らしくアレンジされていて、山椒のピリッとした刺激と、後を引く辛さはワサビを想像させる。

ラベルには、富士山とぶどう畑の畝が、深い紫の地に白で描かれている。あれは日之城から正面に見える富士山だ。

落城から600年たった斜面で、いま毎年600本ぶんだけ、その景色が瓶に詰められている。

いや、城は落ちてなかった。ワイナリーとして生まれ変わったのだ。

この土地のこと(テロワール)

標高 穂坂日之城農場は約500m(韮崎市穂坂・茅ヶ岳南西麓の南東向き斜面)。石和のワイナリー自体は甲府盆地の底
風・日照 日照時間が長く、昼夜の寒暖差が大きい丘陵地
土壌 日之城農場は茅ヶ岳の火山山麓に広がる丘の斜面。赤い粘土質
2.2ヘクタール/2000年開設/勾配およそ1/12の南東斜面

※ 立地に関する情報は本坊酒造の公式発信に基づく。

地図で見る

🍷 ワインマップでマルス山梨ワイナリーの位置を見る

参考リンク

この記事は、2026年8月23日のXの投稿に加筆したものです。元の投稿を見る

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